関西支店 (仮称)三津寺ホテルプロジェクト新築工事作業所
大阪の中心部、心斎橋駅となんば駅のほぼ真ん中で、江戸時代に建立された寺院本堂とホテル、商業施設を併設する複合施設が建設されている。歴史のある木造の本堂は、2度の曳家工事を経て、高層ビルに覆われるかたちとなって生まれ変わる。全国的にも珍しいプロジェクトに挑戦する作業所を訪ねた。
Photographs by Yukiko Koshima
戦災を逃れた江戸時代の
寺院を曳家で移設
2020年9月16日午前9時半、地元の人々から「大阪ミナミの観音さん」「みってらさん」と親しまれ、崇敬を集める七宝山大福院三津寺(みつてら)の総重量約150tの木造の本堂が、寺院敷地内をゆっくり南方向に移動し始めた。2日にわたる1度目の曳家の始まりである。
「この工事は、江戸時代に再建された三津寺本堂の上部に、ホテルと商業施設からなる15階建ての高層ビルを建設します。全国的に見ても、極めて珍しいプロジェクトです」と山地英樹作業所長は説明する。本工事では、地上工事の前に2度の曳家工事を実施した。
始めに寺院敷地内の庫裡(くり:僧侶の住居や寺務所などを兼ねた建物)など既存施設を解体し、1度目の曳家工事で本堂を15m南側に移設して仮置きする。その間に、本堂が鎮座していた旧基礎部分を解体して北側工区の地下工事を行い、2度目の曳家工事で御堂筋側へとL字型に20m+6m移動する。2021年8月4日、2度目の曳家が完了し、南側工区の地下工事がスタート。岡島英範工事課長は「専門工事業者とタッグを組んで、本堂を移動に耐えられるよう支持補強し、地盤高低差の調整をしながら台座・レールを設置するなど、入念な準備を経て曳家を実施しました。亀裂などの損傷は一切なく、円滑に移動できました」と胸を張る。
同年8月29日、関係者が参集して、三津寺住職による地鎮・鎮壇法要が営まれた。新築工事の安全が祈願され、地上躯体工事が本格化した。
奈良時代の名僧・行基菩薩が開山した
「ミナミの観音さん」「みってらさん」
七宝山大福院三津寺は、744(天平16)年、聖武天皇の命を受けた奈良時代の名僧・行基菩薩が、応神天皇の菩提を弔うために十一面観世音菩薩像を彫って祀ったことを開山とする真言宗寺院。本尊である十一面観世音菩薩像のほか、薬師如来や弘法大師、愛染明王をはじめとする、平安時代から江戸時代の多くの仏像をお祀りしている。現在の本堂は1808(文化5)年に再建されたもの。1945(昭和20)年3月の大阪大空襲でも、周囲が焼け野原になる中、被弾はおろか類焼さえも免れた。堂内の天井画や、漆や金箔・色絵で彩られた柱や彫刻など、豪華絢爛な江戸美術が今に残る貴重な伝統建築だ。
100を超える花卉図が描かれた天井や漆・金箔で彩られた柱など非常にきらびやか
仏教寺院とホテル、商業施設が融合した
大阪の新たなランドマーク
三津寺本堂は、高層ビルに覆われるかたちとなって、3層吹き抜けのピロティ空間内に鎮座し、御堂筋側が境内出入り口(ビルエントランス)となる。
本堂南側の地下1階から3階が店舗エリアで、ブランドショップなどが入居予定だ。4階から15階のホテルエリアには、全国25店舗を展開し(2023年4月現在)、〝4つ星ホテル〞をコンセプトとする(株)カンデオ・ホスピタリティ・マネジメントによる「カンデオホテルズ大阪心斎橋」が入り、その最上階にはスカイスパが設置される。その他、茶室を含む5階建ての庫裡も新築され、三津寺檀信徒の交流の場としても活用される。
本工事は、施工に加えて設計も当社が担う。外装は、横連窓を基調とし、三津寺の本尊である十一面観世音菩薩像が放つ柔らかな光と同ホテルグループの〝カンデオ(ラテン語で「光り輝く」)〞のイメージを体現する特殊塗装を施している。
設計担当の水野裕介アーキテクト(関西支店)も頻繁に現場を訪れ、作業所と綿密に打ち合わせをしながら、イメージの具現化を図った。
「きっと誰もが立ち止まり、振り返る大阪の新しいランドマークとなるはずです」と山地所長は言う。
大阪のメインストリート御堂筋の新たなランドマークに!
万全の安全策を講じ、本堂の保護にも注力する
本工事現場は、大阪メトロ心斎橋駅およびなんば駅から徒歩5分圏内で、周囲には老舗百貨店やハイブランドの路面店が立ち並ぶ。敷地西側の御堂筋は、大阪中心部を南北に縦断する基軸幹線であり、買い物客、観光客でにぎわう好立地だ。一方、資材を搬入する大型車両の通行には許可申請が必要であり、道路使用についても夜間の午前1時から朝8時までのみ可能といったように、さまざまな制約がある。
「夜間も人や車の往来が絶えることのない大阪屈指の繁華街なので、施工にあたっては第三者への安全対策、騒音・振動に最大限配慮しています」と岡島課長は強調する。もちろん、三津寺本堂をわずかであっても傷つけることは許されない。
「既存施設の解体から、曳家、地下工事、基礎工事、タワークレーンによる地上躯体の建設まで、全てにおいて緊張感を持って取り組んでいます。本堂の養生にも万全を期しており、鋼製足場板を階段状に組み上げて、全体を厳重にガードした後、シートで覆って強化しています」と山地所長は説明する。
しっかり養生され、密閉度が高くなった本堂を、施工中、雨水の浸入から守ることも課題の一つだ。「本堂の周囲に土手をつくったりして保護するなど、若手社員を中心にアイデアを出してもらい、最適な止水処理を施しました」と岡島課長は話す。
若手社員への丁寧な教育でモチベーションが向上
同作業所の社員の多くは年次の浅い若手社員であり、ここが初めての現場という者も少なくない。「若手の目線に立ちつつ、当たり前のことを、当たり前にできる人材を育てています」と山地所長は言う。具体的な方策の一つとして、所長は毎朝、若手・中堅社員を帯同し、現場巡回を約1時間行っている。
「刻々と変化する現場を共に回り、『品質管理はこれで万全なのか?』『ここの作業の順番は合っているのか?』そんな問い掛けをしながら、目で見て、触れて、考えさせる。ハッと気付くことも多々あるでしょう。こうして実地で学んだことは記憶に残りますし、もちろん工事全体の品質・安全の向上にもつながります」と山地所長。また若手社員が提案したアイデアは、止水処理方法と同じように、できるだけ採用するようにしている。「決してダメとは言わず、若手の発想に耳を傾け、実現可能性を探ります。自分の力が必要なのだと感じられれば、現場の課題に対する感度や自ら提案しようという意欲など、仕事に対するモチベーションもぐっと高まります」。
万全を期して養生された本堂
歴史ある本堂を2度の曳家工事で移設!
基礎から切り離した建物をジャッキアップ・ダウンし、敷設した架台レール上をスライドさせて牽引する曳家。築造から200年以上、重量約150tにもなる本堂を、綿密に精度管理しながら2度曳家し、奥まっていた寺院境内を御堂筋側へと移動させた。
最後まで気を抜かず縁起の良い建物を完成させる
現在、順調に施工は進んでいる。今後、高層ビルの内外装工事、本堂の修復、庫裡の新築を経て、9月末に竣工を迎える予定だ。本堂は、今回解体した旧庫裡が1933年に建造された際、正面部分の屋根の張出(向拝)の増築や西側の軒の撤去が行われるなど変更が施された。本プロジェクトでは、本堂を以前の姿に戻す工事も行っている。「これから、足場の解体といった落下物の危険が伴う作業も残されています。人通りの多い繁華街での工事は、一瞬たりとも気を抜くことが許されません」と山地所長は背筋を伸ばす。
御堂筋には、長いコロナ禍を経て、外国人の姿が多く見られるようになってきた。2025年の大阪・関西万博の開催を控え、さらなるインバウンド需要も見込まれる。ホテルの開業は今年11月。1200年以上の歴史を持つ〝ミナミの観音さん〞と快適なホテルが融合したこの建物は、観光客はもちろん、地域の人々からも注目を集めるだろう。
「寺院もホテルも縁起が大切。縁起の良い建物を、徹底した品質管理を行いながら、最後まで安全第一で、作業所一丸となって構築します」と山地所長と岡島課長は決意を新たにした。
(2023年4月25日取材)
現場をよく見ながらコミュニケーションを大切に!
鳥野祥平 工事係
難しい特殊塗装を高い品質で仕上げていく
奥 綾乃 工事係
工事概要
工事名称 | (仮称)三津寺ホテルプロジェクト新築工事 |
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発注者 |
東京建物(株) |
設計・監理 | 当社 |
施工者 | 当社 |
工期 | 2021年1月6日~2023年9月30日 |
構造 | S造(一部SRC造) |
建築面積 | 828.99m2 |
延床面積 | 9,530.50m2 |
階数 | 地下1階・地上15階・塔屋1階 |
所在地 | 大阪府大阪市 |