千葉支店 船橋競馬場大規模改修工事作業所
長く競馬ファンに愛されてきた「船橋競馬場」の全面リニューアルが、当社の設計施工で進行中だ。
緻密なローリング計画に基づいて、競馬場運営を止めることなく、安全第一で工事を推進する作業所を訪ねた。
Photographs by Yukiko Koshima
競馬場運営を止めずに施設を一新
船橋の街に新たな風を!
千葉県船橋市内の最寄り駅から徒歩約5分の場所に、日本で唯一、大型商業施設に隣接する公営競馬場「船橋競馬場」がある。ここで、当社設計施工による大規模改修工事が着々と進んでいる。
船橋競馬場は、戦後間もない1950年に開場した南関東公営競馬場の一つ。発注者である(株)よみうりランドが土地と施設を所有し、千葉県競馬組合がこれを賃借して運営する。ロマンチックな雰囲気のナイター競馬、〝ハートビートナイター〞が人気の競馬場だ。
開場から約70年、今回の大改修でスタンドやパドック、管理棟、騎手の宿泊施設など、廐舎を除く既存施設全てを建て替える。より安全で快適な観戦を可能にするとともに、大型商業施設の正面に新たな入場門を設け、緑豊かなパークとして、ファミリー層など競馬ファンの拡大も図る。地域のさらなる賑わい創出に寄与し、万一の災害時には防災拠点となる予定だ。
青西秀樹作業所長は、本工事最大の特徴を「競馬場の機能を一切止めることなく、解体と新築を繰り返すローリング施工にある」と語る。
音や動くものに敏感な
競走馬に配慮しながら施工
船橋競馬場では1カ月のうち約1週間レースが開催され、その間、工事は完全にストップする。また、毎日午前2時から9時半まで競走馬の調教が行われ、作業開始はその後だ。
競馬場の要となるスタンド棟の建設では、まず西側区画の既存建築物を解体し、更地にしてからスタンドA棟を新築。A棟を供用しながら、隣接する既存スタンドを解体して、スタンドB棟を施工。最終的にA・B2棟を一体化する。運営と施工が背中合わせの環境で、馬と来場者、運営の動線をきちんと確保し、競馬場の機能を果たしながら、設定したフェーズに則り全施設の解体・新築を実現する。
スタンドA・B棟のローリング施工
船橋競馬場は常時、約600頭の競走馬を擁している。
「特にA棟はパドックや検体採取所などと隣接し、常に馬が近くにいる中での施工でした。馬は動くものや振動、騒音に非常に敏感。工事は『競走馬ファースト』で進めています」。こう話すのは、JRA福島・中山、JRA馬事公苑、そして本工事と約10年間、競馬場・馬術競技場建設に関わり続ける鹿住忠雄工事課長。青西所長も、かつて携わった中山競馬場周辺施設の工事では「馬の姿を見たら作業員は隠れろ、と言われていた」と述懐する。それほど競走馬はナイーブだ。着工前から、発注者や運営者と協議を重ね、実際の作業音を聞いてもらって馬の状態をチェックするなど、周到な準備を重ねて工事に臨んだ。
来場者への配慮も大切だ。常連ファンは新しい船橋競馬場の誕生を心待ちにし、工事も温かく見守ってくれているが、ことレース観戦においてはシビアだ。供用中のA棟では、船橋以外の公営競馬場のレースも馬場に設置された巨大オーロラビジョンで観戦できる。A棟と仕切り一枚の距離で工事が進むB棟では、他の競馬場のレースをオーロラビジョンで観戦する人たちに配慮し、出走直前には笛を鳴らして作業員に知らせ、いったん工事を中断し、レース結果が出てから再開するよう細心の注意を払ってきた。
難度の高いオーバーハングも
設計施工の強力タッグで完遂
もちろん厳しい制約があっても、工期は遵守しなければならない。週に1度、発注者・運営側とのミーティングを行い、イベントや今後の予定を確認して施工に臨む。時に「A棟の運営で得た気付きをB棟に反映したい」との要望もあり、そのたびに迅速な対応を迫られる。こうしたハードルは施工と設計の密な連携プレーで乗り越えてきた。
鹿住課長は、「複雑なローリング施工をスムーズに進められるようクレーン配置が容易な建物形状にするなど、デザインも施工性を考慮しています」と説明する。
馬場を一望するスタンドは、競馬場特有の無柱のオーバーハング(張り出し)形式で、特に最上階は鉄骨の張り出し部分が10mを超える。柱がないため、施工中はこれをジャッキで支える形になる。観覧席部分を含め、躯体が全て完成するまでは構造的に不安定であり、精度管理やジャッキを外すタイミングが極めて重要になる。「事前に構造解析を行い、自重で下がることを見越し、ジャッキアップしてむくり*をつけました。このむくり値を鉄骨建て方、コンクリート打設、カーテンウォール取り付けの各段階で厳密に管理しながらジャッキを解放。最終的に想定した目標値に収まるよう、建築本部技術部の指導を仰ぎながら、計画・施工を進めました」と鹿住課長は語る。構造設計を担当する設計本部の杉山雄亮シニアエンジニアもジャッキダウンの様子を見守った。「厳密に計算したとはいえ鉄は生き物。気温によっても伸縮し、予断を許しません。万一目標値から外れればやり直しになり、工事に悪影響が出る。大丈夫だと確信してはいたものの、やはり緊張しました」と振り返る。的確な設計と慎重な施工の結果、全てのオーバーハングは無事目標値に収めることができた。
*上に向かって反っていること
4階建てから5階建てへ
急な変更にもデザインビルドで即応
無事にA棟を引き渡した後、B棟着工に備えて既存のスタンドを解体している2022年5月、設計変更の依頼が入った。もともとA棟は5階建て、B棟は4階建てで計画されていたが、A棟の供用後、発注者からB棟も5階建てに変更したいとの意向が伝えられたのだ。供用中のA棟に影響なく、B棟の5階化は可能か?1週間以内の回答が迫られる中、ここでもデザインビルドの利点が発揮された。
「みんなで議論を繰り返し、構造的にも施工的にも可能であるとの決断を下しました」と鹿住課長。B棟の設計施工は計画からやり直しになったものの、発注者や競馬場の関係者、ファンに喜んでもらえる建物をつくろうと現場はかえって士気が上がったという。
A棟とB棟とは、視認性確保のため、エキスパンションジョイント(金属製のつなぎ目)を設けない連続したガラスファサードだ。5階化により、A・B両棟の接合部を改造する必要が生じるなど、施工面の難度は増したが、今年4月の一体化オープンを控えて、作業所全体の前向きな姿勢に変わりはない。
設計施工の強力タッグで
にぎわいある競馬場を築く
設計と施工は緊密に連携して、急な変更にも迅速に対応している。競馬場設計は初めてという浅野晃宏アーキテクトは意匠を担当。「型にはまった競馬場ではなく、誰もがわくわく楽しめる場にしたい。施設配置を考え抜き、回遊性の高い空間構成を心掛けました」と言う。構造を担う杉山シニアエンジニアは、B棟の5階化という大きな変更にも冷静に対応。「娯楽施設としてだけでなく、構造的に堅牢で、いざというときの防災拠点となる機能を持たせています」と紹介する。設計者、施工者が思い描く、感動と憩いと安心をもたらす競馬場の完成まであと一息だ。
無事故・無災害を継続し、
安全第一で竣工を目指す
本作業所は、新入社員も含めて若手が多く、現場は明るい雰囲気に満ちている。青西所長は「A棟は狭隘な敷地の中で運営サイドに最大限配慮をしながら、今はB棟をはじめとする多くの施設を同時進行で施工しています。質量ともに難しい業務ながら、皆懸命に挑む姿は頼もしい限りです」と語る。
工事は今後、大型商業施設側の新入場門建設や場内のパーク化、大型ビジョンの設営など、いよいよ大詰めを迎える。
この現場の職長会のキャッチフレーズは『無事これ名馬なり』。4年にわたり継続してきた無事故・無災害と着実な品質管理を最後まで貫き、ゴールまで駆け抜ける!それが現場全員の思いだ。「とにかく安全第一で、発注者や来場者、地域に満足してもらえる、魅力あふれる施設を建設します」と、青西所長は力強く宣言した。
(2024年2月29日取材)
下村 隼生(としき) 工事係
四塚 恵美 工事係
*建設事業に関するデータのマネジメント業務を行う
丹野 剛大 工事係
平井 久也(きゅうや) 事務係
井上 魁堂(かいどう) 工事主任
工事概要
工事名称 | 船橋競馬場大規模改修工事 |
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発注者 |
(株)よみうりランド |
設計・監理・施工 | 当社 |
工期 | 2020年1月1日~2025年2月28日 |
建築面積 | 12,853m2 |
延床面積 | 22,778m2 |
構造 | S造 |
階数 | 地下1階・地上5階・塔屋1階 |
所在地 | 千葉県船橋市 |