東北支店 SMC遠野サプライヤーパーク建設計画作業所







日本の民話のふるさととして知られる岩手県遠野市。地域活性化の期待を集めながら、日本初となる大規模サプライヤーパークの建設に挑んでいる作業所の奮闘に迫る。
Photographs by Kawamoto Seiya
地域が期待を寄せる
ビッグプロジェクト
日本の原風景が残る岩手県遠野市。西から吹く卓越風が暖かくなる4月、SMC遠野サプライヤーパーク建設は外装工事を終え、最盛期を迎えていた。1100人超の作業員が行き交い、掛け声や機械音が鳴り響く。冬季はマイナス15度近くになるため、躯体工事は上屋や採暖などが必要となるが、難儀しつつも着実に工事を進めてきた。長く厳しい冬を乗り越えて春を迎えた今、場内は活気がみなぎっている。
SMC株式会社は半導体や自動車、食品など製造業で欠かせない空気圧制御技術の世界的トップメーカーだ。サプライヤーパークとは、一つの敷地に多数の協力会社を誘致して、生産迅速化とサプライチェーンの強靱化を図る仕組みを整えたエリアのこと。ここ遠野で日本でも例を見ない独自の生産体制を構築する。
齋藤誠作業所長は本工事の意義をこう語る。「工場棟と共用棟が併設され、世界中から訪れるお客さまに開かれた産業施設としての魅力を発信する場となります。雇用拡大や活性化につながるということで地域の方はもちろん、遠野市や岩手県など行政からも高い期待と注目が寄せられていると伺っています」。
このプロジェクトでは、着工前から設計本部がお客さまと共同でワークショップを開催するなど、地域交流を深めてきた。「着工後も、安全管理や環境配慮を徹底し、地域に向けたイベントや報告会を定期的に実施しています。そのたびに地元の皆さまから寄せられる期待を肌で感じ、私たちも気持ちを引き締めて工事に臨んできました」と齋藤所長は話す。


【設計者より】 コンセプトは“最先端の森”

設計本部先端デザイン部 横溝成人部長(2025年4月取材時点)
多彩な設計の仲間と進めている日本初のサプライヤーパークのコンセプトは「最先端の森」。最新の自動搬送システムを導入したリニアーな工場棟と、木と鉄骨のハイブリッド構造により美しい遠野三山と呼応する共用棟から構成されます。自然とテクノロジーの融合を目指した環境共生建築です。
アトリウムの意匠を
具現化する技術の数々
国道側からSMC遠野サプライヤーパークを眺めると、山の稜線のような屋根の共用棟、奥に広がる工場棟が目に飛び込んでくる。景観と一体化し、従来の工場施設の概念を変える〝環境共生型生産拠点〟を具現化した外観だ。
共用棟の躯体工事をリードしてきた田上宏明工事課長代理は、着工前から施工計画を立案してきた。「なだらかなカーブのついたアトリウムの施工には、3Dで可視化できるBIMが不可欠です。木と鉄骨を組み合わせて構成された木アーチのハイブリッドな架構は、断面も平面も曲線となり、木材の形状が全て異なります。そこで設計のBIMモデルから、加工機にデータを落とし、木の加工を行うのが当初想定した手順でした。しかし、BIMモデル上で木アーチと鉄骨が整合しない箇所が見つかったため、取り合い部分の3D製作図を作図して、建築本部デジタルプロダクトセンター(DPC)と検証・承認を行う手順に変更。その過程で東北支店のTohoku Front Loading & Process Support Team(TFLP)に調整役となってもらい、膨大な修正と承認を終えたことで、無事着工に漕ぎつけることができました」
現場の作業では、江刺家庸史工事主任が指揮をとった。「2〜3階を吹き抜ける全長300mのアトリウムは、天井高に約11mの高低差があります。この空間にミーティングルーム、会議室、ギャラリーなどがランダムに配置され、3階部分には陸(おか)立ち柱*もあります。同じ断面形状が一つとしてないため、9工区に分けて工区ごとに異なる建て方ステップを組み、綿密に進めていく計画を立てました」。
*下階に柱がなく、梁の上に直接立てられた柱
最も苦心したのが、木アーチと鉄骨の取り合い部分の施工だ。「意匠上、ボルトではなくピン接合としたためクリアランスがありません。整合させるためにモックアップを作成して検証を行いました。溶接時に鉄骨に歪みが生じることが分かり、施工前にしっかり是正することができました」と田上課長代理は振り返る。アーチ部分は、ヤードで地組みして取り付けを行ったが、その際も精度管理に万全を期した。「アーチを取り合う柱は1mmの傾きも許容されないので、誤差ゼロを目指した高度な精度管理を徹底しました。大いに役立ったのは『建て方反省会』です。職長のみならず、作業員全員に参加してもらい、その週の作業を振り返り、翌週に活かすPDCAを回していきました。そのおかげで、安全・工程・品質において問題なく進めることができました」と江刺家主任は笑顔を見せる。
共用棟の施工ではBIMモデルが活躍したが、今後、さらなる有効活用が求められると田上課長代理は力を込める。「現場の作業効率を向上させる上でBIMは欠かせないツールです。今後もTFLPと連携し、作業所のデジタル環境を整え、担当者の習熟度も高めながらBIMの標準化を目指したいと考えています」。
東北支店の作業所の生産性向上に貢献する「TFLP」の活躍
作業所の業務を全方位的にサポートする組織として、東北支店建築部内に結成されたのがTFLP(Tohoku Front Loading & Process Support Team)だ。すでにDPC、建築本部作業所業務推進センター(CSPC)による支援は展開されているものの、煩雑な業務により迅速に対応すべく2022年に発足した。作業所とDPC、CSPCをつなぐ窓口となって作業所の負荷軽減を目指す。主な支援業務は、「設計変更・積算」「BIM・ICT(DPC調整)」「書類(CSPC調整)」「設備」「作業所プロセス」の5つの領域。作業所の規模や工程、ニーズに合わせて柔軟に支援する。
当作業所ではBIM・ICTを担当する宮北課長が、DPCと作業所の間に立ち、共用棟のBIMモデルの精度検証と修正指示を担った。着工時には狹山さん、渥美さんが常駐して配筋写真や検査などの実務や書類作成を行い、繁忙な作業所を支援した。
地域の総力を結集し、
巨大工場棟に挑む
共用棟と同時進行で進められたのが、隣接する工場棟だ。施工を担当する北村知寛工事課長は概要をこう説明する。「1階と3階が工場で、2階はAGV(無人搬送車)用のスパイン(直線的な廊下)が走る物流専用階です。さらに1階と3階を垂直搬送機がつなぎます。床面積約5.8万m2の広大な棟内の物流動線を重視した構造になっています」。
さらに、環境共生型生産拠点にふさわしく随所に工夫が凝らされる。「屋上には、卓越風が入る窓を備えた塔屋があり、階段を通じて光と風が降り注ぎます。また、各工場の入り口はガラス扉で、AGVが走る専用通路には見学用の窓があります。製造拠点としてのみならず、取引先へのアピールやサプライヤー同士の交流も考えた新しいタイプの工場です」。


工場棟における最大の課題は膨大な労務の確保だ。齋藤所長は「支店内の複数の作業所で労務を融通し合う計画を立てて進めています。通うことが難しい作業員用に280人収容可能な宿舎を建設し、不足分は周辺のパンションを借り上げました」と説明する。また、地域密着の業者選定にも努めた。「協力会社の多くは岩手県内の業者です。作業員同士が顔なじみで、数々の現場をともに乗り越えてきており絆が強い。今回のような大型のプロジェクトでは、協力会社同士の連携が非常に重要です」と自身も岩手県人である川村泰司作業所長は語る。
所員一人ひとりが士気高く
自律的に活躍するために
作業所運営について「それぞれの担当者が自律的に考え動けるよう、お客さまや関係者との折衝でも前面に立つことを重視してきた」と齋藤、川村両所長は口を揃える。また、工程ごとに所員をローテーションさせて、さまざまな工種に携われるように工夫し、所員のスキルと士気を高めてきた。
2度の冬を乗り越え、SMC遠野サプライヤーパークの全貌が現れるにつれて、自動車や半導体メーカーなど製造各社の視察も続々と増えてきた。サプライチェーンの強靱化に新たな一手を講じたSMCの製造体制が高い注目を集めていることが伺われる。遠野が夏の名残と秋の気配に包まれ、心地よい風の中で迎える竣工を多くの人が心待ちにしている。
「竣工のあかつきには、遠野の里を活性化させる波及効果がここを起点に広がっていくものと思います。お客さま、そして、地域の皆さまに喜んでもらえる産業施設の完成に向けて、作業所一体となり、安全第一で邁進していきます」と齋藤所長は竣工に向けた決意を力強く語った。
(2025年4月4日取材)
工事概要
| 工事名称 | SMC遠野サプライヤーパーク建設計画 |
|---|---|
| 発注者 |
SMC(株) |
| 設計・監理 | 当社 |
| 工期 |
2023年9月19日~2025年8月31日 |
| 建築面積 |
45,301.31m2 |
| 延床面積 | 79,765.24m2 |
| 構造・階数 | S造(一部W造)、地上3F・塔屋1F |
| 所在地 | 岩手県遠野市 |

